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Sir. Dikran Garabed Khan Kelekianについて

Posted by なの at 2016.08.11 Thursday, 08:24
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ある人のリクエストに応じ、

ディクラン ガラベッド カーン ケレキアン Dikran Garabed Khan Kelekian

(1868 – 1951)について、あまり日本語のArticleがなかったので調べて翻訳してみた。

 

*翻訳には不正確なところがあるかもしれないので、正確なところは引用元の原文を参照ください。


<フリアー美術館編集のポートレイトより>
https://www.asia.si.edu/collections/downloads/Kelekian-Dikran.pdf

トルコのカイセリでアメリカ人銀行家の息子として生まれる。中東古代史をコンスタンティノープル(現イスタンブール)で学んだ後、パリで勉強を続ける。1891年にパリで古美術商を開業、翌年には兄弟と一緒にコンスタンティノープルにも出店。1893年、シカゴ万国博覧会のペルシア館のコミッショナーとして渡米。同年ニューヨークにボスポラス画廊というギャラリーをオープンした。また、ロンドンとカイロにも古代エジプト美術とコプト美術を取り扱うギャラリーを運営した。

1902年、ペルシア国王はケレキアンをニューヨークのペルシア領事館にカーン(Khan)として登用。彼のギャラリーはペルシア領事館のご用達だった。パリ万博およびセントルイス万国博覧会でそれぞれ審査員および総責任者を務めた。ケレキアンは米国籍を獲得。パリとニューヨークに大きな邸宅を持っていた。

彼のコレクションは、数十年にわたり、パリ、ミュンヘン、ロンドンとニューヨークの国際美術展に出品され続けた。

彼の顧客は世界中の美術館だけでなく、ヘンリー・ウォルターズ、ジョン・ロックフェラー、

ジョン・ロックフェラー.Jr.、Louisine Havemeyer、Henry Osborne Havemeyer、Isabella Stewart Gardner,
チャールズ・ラング・フリアーなどの当時の世界の富豪・収集家たちだった。
Havemeyer家はコレクションのほとんどをMETに寄贈している。

ケレキアンはニューヨークのモリッツホテル21階から転落して死亡した。

彼の息子チャールズがニューヨークの画廊を継いだとされている。

(参考文献)ケレキアンによる著作;
The Potteries of Persia, Being a Brief History of the Art of Ceramics
in the Near East (Paris,1909) ほか


<メトロポリタン美術館の展覧会 “Buried Finds:Textile Collectors in Egypt”概要より>
*フリアー美術館のポートレイトに書いてあることを省きました
http://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2012/buried-finds

19世紀末から20世紀初頭の米国における美術コレクション形成において、蒐集家兼美術商であるDikran Garabed
Kelekianの影響は計り知れない。美術批評家のRoger
Fry(1866-1934)は彼を“貪欲な雑食癖”を持つと表現したが、ケレキアンは近代絵画とイスラム芸術のコレクションで知られている。ウォルター美術館(バルティモア)の中心コレクションを形成したヘンリー・ウォルター、メトロポリタン美術館の館長を務めた(1847-1907)ジョージ・ブルメンサル、そしてメトロポリタン美術館の歴史においてもっとも重要なコレクション寄贈を行ったルイーズ&ヘンリー・ヘブメイヤーなどの偉大なアメリカ人蒐集家が、ケレキアンの助言を求めた。

オスマン朝トルコのカイセリ生まれ、中近東古代史を学び、兄弟で古物商をコンスタンティノープルに開いた。すぐにイスラム芸術、特に陶器に造詣の深い蒐集家として有名になった。シカゴ万博のペルシア館コミッショナーとして渡米、その後ニューヨークにLe
Musée de Bosphoretギャラリーを開く。(中略)後に彼のギャラリーはペルシア領事館として使用された。

ケレキアンのコレクションは世界中の美術館や博覧会(詳細略)で取り上げられ、メトロポリタン美術館では3回(1895, 1989, 1911)、ヴィクトリア&アルバート美術館でも1910 から1951まで展示された。(中略)

後期ロマネスク、ビザンチンそして初期イスラムエジプトの織物はケレキアンの興味を引いたものの一つである。エジプト発掘隊に参加や援助をすることはなかったが、ケレキアンのカイロのギャラリーはエジプト古代美術、およびコプト美術や織物などの古代末期美術の売買の中心であった。後期エジプトの歴史と美術が一般に膾炙し始めたとき、ケレキアンはこれらの織物を収集・販売を行っていたが、彼が1931年にパリのビザンチン美術展に出したテキスタイルが、のちにAbegg-Stiftung
in Riggisberg, Switzerland(世界で最も重要なテキスタイルコレクションとテキスタイルの保護活動センター)の

創立者となるWerner Abeggが初めて購入した古代末期テキスタイルとなった。ケレキアンはテキスタイルを同時代の画家、有名なところではフォービズムの画家であるアンリ・マティスやアンドレ・ドランにも販売した。1943年、アメリカ人画家ミルトン・エイブリーが、自らのギャラリーでコプトのテキスタイルの前にポーズをとるケレキアンの肖像を描いた
(The Metropolitan Museum of Art, 1998.400.1)。20世紀初頭、ケレキアンは“collection
de tissus. Européen, Persan &
Orientaux”と題した10のポートフォリオを含む、約1000枚からなる布裂のアルバムを編纂。

2002年、ケレキアンの孫娘であるNanette B. Kelekianが残っていた968の布をアルバムに追加寄贈。その63枚については古代末期のもので、27枚についてはメトロポリタンの所有するものと同じ年代のものだった。今回はそのアルバムの2ページ分、またたくさんのテキスタイルを、METのギャラリーで見ることができます。

*古代末期(こだいまっき、英語:Late Antiquity, ドイツ語:Spätantike)は、

主としてヨーロッパから中東における、古典古代から中世への変遷の説明に用いられる時代区分のことである。


<イギリスのアートファンド団体Art Fund_ のHPより “The Kelekian Collection of Islamic
Pottery by Various artists” Various artists, V&A (Victoria and Albert
Museum), Art Funded in 1952>
https://www.artfund.org/supporting-museums/art-weve-helped-buy/artwork/3045/the-kelekian-collection-of-islamic-pottery

*ケレキアンはイスラム陶器の専門家として知られている→このHPでその美しいコレクションを垣間見られる。
*Art Fund_がファンドレイザーとなってV&Aが購入したコレクションの説明である。

ニューヨークの美術商・蒐集家であり、“古美術界の長老 “として知られるDikran Garabed Kelekianのコレクションから、イスラム陶器15点。

ペルシア、エジプト、メソポタミアおよびトルコに出自する皿、ボウル、瓶および壺の一式である。もっとも特筆に値するのはルクソール出土とされるファーティマ朝エジプトのボウルで、コプト教の僧が大きなランプを持って描かれている。彼の右にはエジプトにおける生のシンボルであり、コプト教徒に好んで使用されたアンクの象形文字が描かれている。これはキリスト教モチーフを持つ同タイプのボウルのうち世界で唯一完全な形を保っているものである。もう一つの重要な作品は、青駁毛の馬に乗ってポロをしている姿が描かれる(1207年の記銘のある)13世紀初頭の皿で、絵と関連のない陶芸への愛の詩がペルシア語で綴られている。この皿は精巧な装飾タイルで知られるペルシアのカシャン地方の仕上げで、ケレキアンコレクションの質の高さを窺わせる基準作である。

<momoyama garally の Edo Chawanの紹介HPから“Edo Chawan from the Kelekian
Collection (Ex-Museum)”>
http://www.trocadero.com/stores/momoyamagallery/items/1217079/item1217079.html

(茶碗の説明略)
この茶碗はもとDikran G.
Kelekianのコレクションである。彼は主に近代フランス美術とイスラム美術における非常に重要な美術商・収集家で、パリとニューヨークにギャラリーを構え、アメリカの美術館にとっては主要な仕入れ先であった。メトロポリタン美術館はケレキアンから1000点を超える収蔵品を購入しており、アンドレ・ドランによるケレキアンの肖像画5点も所有している。茶碗の裏底には6つのラベルが添付され、その一つがクリーブランド美術館のものである。前の所有者が美術館に確認したところ、美術館はこの茶碗がケレキアンから1929年に借り受けたコレクションの一つであることを認めた。20年後の1949年にコレクションはシンシナティ美術館に移管されている。このコレクションはいつの時点かで(おそらくオークションなどを通じて)分散している。


<Wikipedia - Dikran Kelekian >*フリアー美術館のポートレイトに書いてあることは省略。
https://en.wikipedia.org/wiki/Dikran_Kelekian

ケレキアンはアメリカ国籍を獲得するとともに、祖先のいるアルメニア、出生国であるトルコ、そして職業上深いかかわりをもったイランにも忠誠を誓っていた(国籍をゆうしていた?)。イスラム美術、特にペルシャ美術と陶器を専門とした彼は、1880年から90年にかけてのイランのレイ(Rayy)遺跡発見や1896のラッカ遺跡発掘、1905のSultanabad、Varamin発掘に注意深く関心を寄せ、中世イスラム陶器の売買に盛んにかかわった。ある作家は彼を次のように表現している「厳めしい、時には畏怖さえ覚える容貌の下に、古代ペルシアの行政官と大天使アークエンジェル、豪傑チンギス・ハーンと騎士シュヴァリエ、北欧の雷神トールとアッシジの聖フランシス、それらすべての資質を一人の人間の中に押し込めた非常に興味深い存在である」。

ケレキアンは アルメニア慈善協会(?the Central Board of Directors of the Armenian
General Benevolent Union
(AGBU))の理事会メンバーであり、アダナ大虐殺を逃れてきたアルメニア難民のため、1909年にDeort
Yol(現在はトルコ)に孤児院を創設した。またその後も、アルメニア人大虐殺を生き延びたアルメニア人を援助するAGBUの様々な活動の主要な支援者であり続けた。


以上。

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ZESHIN 柴田是真の漆×絵展

Posted by なの at 2012.11.03 Saturday, 22:40
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根津美術館

http://www.nezu-muse.or.jp/jp/press/pdf/press_zeshin_1.pdf

 

<上記HPより引用>

根津美術館では、特別展「ZESHIN ―柴田是真の漆工・ 漆絵・絵画―」を11月1日[木]から
12月16日[日]まで、開催します。(一部展示替え 前期:11月1日〜25日、後期11月27日〜12月16日)
柴田是真(1807〜1891)は、幕末から明治時代にかけて活躍した蒔絵師であり絵師です。11歳から蒔絵
を学び、16歳から四条派の絵画も学んだ是真は、下絵から蒔絵までを自ら手がけ、それ以前の蒔絵師にはなかった
独自の制作態度をとりました。これによって、是真はウィットに富んだデザインと卓抜した漆工
の技を合せた「五節句蒔絵手箱」(サントリー美術館蔵)に代表される洒脱な作品を作り出し、高い評価を得ました。同時
に、その高い画技で絵師としても活躍し、掛軸はもとより、絵馬や屏風、襖絵といった大型の絵画作品も手が
けています。さらに漆で絵を描く「漆絵」という、絵画と漆の技をあわせた作品も生み出し、その活動は絵画・
工芸の枠を超えていきます。幕末の江戸で評判となり地歩を固めた是真は、明治時代になると、国の委嘱に
よって万国博覧会に漆工品や漆絵、絵画を出品。是真の作品は世界的に知られ、今日にいたっています。

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パリ、オンフルール、バスの旅

Posted by なの at 2012.01.19 Thursday, 00:07
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 オンフルール
オンフルールの
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ほしい物リスト《図録》

Posted by なの at 2010.09.14 Tuesday, 01:39
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メモランダム

図録は展覧会が良くとも以下の時に買わないけれど、
ほぼ90パー後悔するので買おう自分。
・財布に現金がないとき
・これ以上荷物が増えると行き倒れそうなとき
・この感動が図録で伝わるものかと変なテンションで勘違いしているとき

ほしい図録たちリスト(完売ー捜索中ー)

キンゼイコレクション 現代根付 (千葉市美 2001年)
伝説の浮世絵開祖 岩佐又兵衛 (千葉市美 2004年)

開館20周年記念 ウィーンの春:クリムトからシーレまで
ウィーン分離派 1898-1918 (宮城県美 2001 )


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新しい美術の系譜(国立国際美術館ー大阪ーの名作)展

Posted by なの at 2010.09.11 Saturday, 00:29
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新しい美術の系譜(国立国際美術館ー大阪ーの名作)』展
2010年8月5日〜10月3日@宮城県美術館


ポール・セザンヌ「宴の準備」
オディロン・ルドン「若き日の仏陀」
アンリ・マティス「鏡の前の青いドレス」
マックス・エルンスト「灰色の森」

小山田二郎「アダムとイヴ」

★ モーリス・ルイス「Nun」

モーリス・ルイスを見に行った。
すごくデカい。 249,0×315.0。

一人で黙々と描いていた(というか、制作していた?)というイメージ
があるせいか(昔、川村記念美術館でやった企画展の特集番組を
見たときに、奥さんに隠れてこっそりこっそり仕事をしていた、という
内容のシーンがあった)、こんなにデカいものを制作していることが
不思議でたまらない。

人が、手で、筆で描く、というスケールを大きく超えていることが
この絵の不思議なほどの「生気」につながっているような気がする。

色が育っている、色が浸食している、色が伸長してゆく。

人が塗る、人が描く、という行為を感じさせず、
ただ色が、画面を意志をもって形成する。

それに呑まれる。


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江戸絵画への視線ー岩佐又兵衛《官女観菊図》重文指定ー 

Posted by なの at 2010.09.04 Saturday, 00:54
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江戸絵画への視線ー岩佐又兵衛《官女観菊図》重文指定記念ー
開館記念特別展鶤 2010年7月17日〜9月5日@山種美術館

千葉から移動。
(田中一村展からほぼ2時間掛けて移動してきたら、
ほぼ同コースをだとっている方がいて驚いた。)

チラシに使われている、岩佐又兵衛《官女観菊図》があまりにも
端麗で、思わず見に行く優先順位を上げたほど。

リニューアル前とはやはり展示面積が格段に違うので
見応えがある。
(あと、目線の高さがあがったのも、見やすくなった)

其一が2点

鈴木其一「伊勢物語図(高安の女)」
鈴木其一「四季花鳥図」

高安の女の表情がすごく丁寧に描いてあって、よかった。
其一の描く人の表情は、どうしていつも鄙びていて、
貧しい哀しみをたたえているのだろうと思う。
そしていつも少し、上っ面めいている。

柴田是真「墨林筆哥」
こまかっ! 雀とか描いてありますが、ちっさい!
フェルメールか。
色漆の豪華本です。

★岩佐又兵衛「官女観菊図」

そんなに大きくないのに、すさまじいまでの完成度を誇る。
薄墨の使い方(白を浮き立たせる、その手法)やグラデーション、
補費に掛かるもつれた髪一筋、着物に刷いた花の柄。

車の両輪の、透ける黒がよく効いていて画面を縦長に引き締める。

そして彼女たちが眺めている菊は、まるで彼女たちを誘い出し、
こちらに見せるために存在するかのようなさり気なさで
涼やかに揺れる。

福井県立美術館作成のCGが、金谷屏風の元の様子を伝えていて、
分かりやすかった。
他に類例を見ない画題の集積である以前に、
いっぺんの狂いもない筆があの枚数を描きって並べたところに、
腹の底が冷えるほどの迫力を感じる。

なんだか凄い屏風だったのだろう。

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月に囚われた男

Posted by なの at 2010.07.11 Sunday, 09:30
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http://moon-otoko.jp/ 仙台フォーラムにて。 ホラーなのか?と思ったシーンも所々あり。 そしてむしろ、突然立ち上がって立見しはじめたおねーさんが居て、 怖かった…。常連さんだろうと思う。 何を書いてもネタバレになってしまう、気を遣う映画。 夜は○讃で、讃岐うどんを食べる。
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ピカソと20世紀美術の巨匠たち

Posted by なの at 2010.07.02 Friday, 13:13
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ルートヴィヒ美術館蔵
ピカソと20世紀美術の巨匠たち@宮城県美術館
2010/5/22-7/11

走り書きメモ。自分でも読解不可能なので、記憶が海綿並。

パブロ・ピカソ「緑色のガウンの女」1922
 彫刻みたいなタッチ。線と、凹凸と、彫り痕を残したような効果。
パブロ・ピカソ「草上の朝食(マネをもとに)」1961
 さ、ら、に、一層、スキャンダラスに!
パブロ・ピカソ「二人の裸婦と肘掛け椅子の男」1969
※宮城県美術館のみ佐藤忠良コレクションから


アルチュール・セガル「港」1921

アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー「青い水差しと人形のある静物」1908
アレクセイ・フォン・ヤウレンスキー「紙を花で飾った女の顔」1911

マックス・ベックマン「気球のある距離感」1917
マックス・ベックマン「イロンカ(ジプシーの女供法1932
 黒い輪郭線が、輪郭線のような影のような…
 と思ったら暗いインディゴが使われていて、含まれた青が画面に
 とけ込む様な(そう、空気の一部のような)効果を生んでいる

マルク・シャガール「妹の肖像」1909

ヴァシリー・カンディンスキー「鋭くおだやかなバラ色」1924
パウル・クレー「陶酔状態の道化」1929
パウル・クレー「寝台」1930
 流石ドイツの美術館。クレーやカンディンスキーはいい作品を
 持っている。買い戻したのかな。


エドガー・エンデ「小舟」1933
 ミヒャエル・エンデの父君らしい。暗いよ!


ジョルジオ・デ・キリコ「イタリアの広場」1956
 なんでこんなにも超現実的なものが、人の心を動かすのだろう。

 自分が理解した、と思うその先から自分が理解した物が
 裏切られて、振り回されて、そのたびに一枚ずつはがされて
 行って、まるで芯だけになって放り出されるような、あの感じ。
 呆然とする。

マックス・エルンスト「月に向かってバッタが歌う」1953
 そんなに好きではないのですが、やけに気になるマックス・エルンスト。
 色彩とか画面の構成がなんだか日本画に近い?ような気がするから?

ベルナルト・シュルツエ「ミゴフの嵐」1999

ヘレン・フランケンサーラー「高潮の一撃機1974
 カラーフィールド派。
 カラーフィールド・ペインティング、好きだなー。

★ゲオルグ・バゼリッツ「鞭を持った女」1965
 非常に現代的。


いつもさぼるが、今回はちゃんと常設展も見た。クレーが見たくて。

企画展のあとに常設展を見るのは体力がいります…。
気持ちの切り替えも必要…。

でも、エミール・オルリクのエッチングは素敵だった。
(初めて見た!ような気がする)

三岸好太郎「オーケストラ」1933 も、毎回好き。

パウル・クレー「アフロディテの解剖学」1915







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My Left Foot クリスティン・ブラウン物語

Posted by なの at 2010.06.16 Wednesday, 01:07
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監督: ジム・シェリダン

『マイ・レフトフット』(My Left Foot)は、
1989年アイルランドイギリス合作で制作された映画。
生まれつき脳性麻痺で左足しか動かすことのできない
クリスティ・ブラウンの同名の自伝を映画化した作品。
ダニエル・デイ=ルイスアカデミー主演男優賞を、
ブレンダ・フリッカーが助演女優賞を受賞した。 (by Wikipedia)


見よう、と思ったきっかけがあったのだけれど、
それを忘れてしまったというお粗末ぐあい。

けれど、最後のシーンが格好よくて、
気持ちがいい。

The Boxer の監督だった。
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The catcher in the rye

Posted by なの at 2010.06.01 Tuesday, 17:37
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The catcher in the rye / J.D. Salinger

 
高校の英語の教科書で、ちょっとでも扱えばいいのに。

こんなに自分が影響を受けそうなものを、いままで回避してきた
自分だからこそ、今の自分があるのでは…
(読んでいたら、今の自分ではなかったかも!?)と、愕然とした一冊

ペーパーバックで読み、英語力もそんなにないもので、
かなりちょこちょこと読んだせいか、
なにかといっちゃーしばらくはホールデンよろしく、
頭のなかで罵り(スウェア)まくってました。

時間に遅れそうなだけで、「ファッ(ピー)Train」とか…


博物館の思い出
全体に詩が書いてあるグローブの話
代筆する作文
フィービーとの会話
口笛のうまい男の子 perfect whistler
待ち合わせをしている女の子の足の話

そして、キャッチャーの話


どれもがウィットにあふれているのに、ひりひりした焦りと
自分のどこか無垢な部分が常に裏切られつづけていることへの痛みと、
そして今まさにこどもと大人の境界線のぎりぎりの淵に立って
つま先で堪えているその感じ、

そしてそれがいつかは失われることが明白な無力感とで

文章のすべてが、奇跡のような夕焼けの、
真っ赤に焼けた切なさを帯びているので

はじめから終わりまで、目をそらせない本だったのです


※ 蛇足

なぜか、読むまえからずっと、ベリーショーの女の子が出てくる本だと
思っていたのだが…。

「まだ」出ない彼女を、ずっと待ち続けながら読んでいた間抜け。

サガンのまちがい?
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